【日 時】平成27年4月12日(日)
14:00~16:00

【会 場】浦安市国際センター

【参加者】43人

【講師の紹介】 森 絵里咲 (もり えりさ)氏
ベトナム、サイゴン生まれ。小学生高学年の1982年に難民として来日。上智大学大学院国際関係論専攻博士課程修了(地域学博士)。元東京財団研究員、国際交流基金コーディネーター。専門はベトナム現代文学。著書に「抗米戦争と文学」−中野亜里『ベトナム戦争の「戦後」』(めこん出版、2005年)、「文学作品から見るベトナムの政治社会」−阿曾村邦昭編著『ベトナム国家と民族(下)』(古今書院、2013年)ほか。日越の文化交流だけでなく経済交流などへも参画している。

 

ベトナム出身、日本に来日して33年になる森絵里咲さんを講師に迎え、ご自身の経験から日本の多文化共生の現状とその問題点についての講演をしていただきました。

森さんの流暢な日本語で所々にユーモアを交えたお話に、会場の参加者の皆さんは引き込まれ、終始なごやかな雰囲気で進みました。

 

 

来日の当初は、日本語が全く分からなかったと、森さん。

行政の援助は全く無く、学校の先生も、生徒一人を特別扱いしない、という方針から、特段のサポートも得られなかったとのこと。日本語の学習は、基本的に独学だったそうです。

 

 

米国ではベトナム移民から米陸軍准将になった人もいるとのこと。日本ではこのようなことは見られません。この背景には、

・日本語の表現の難しさ
・日本的な思考(空気を読む)
・上記能力を十分に使いこなすことが期待されること
これらが障壁となり、日本は外国出身者には溶け込みにくい社会、日本人のための社会(島国)である、とのこと。

 

また、日本が多文化共生社会を築くには、小学生の頃から様々な個性を尊重することを学ぶことや、社会人は外国出身者へより寛容であることが必要であり、行政レベルでも外国出身の日本国籍を持つ人を雇用・活用し、底上げする必要がある、とおっしゃった森さん。

参加者の皆さんには、多文化共生について改めて考える機会となったのではないでしょうか。

質疑応答(抜粋)

①ベトナムは他の最貧国に比べて経済的には余裕があるように見えるが、なぜ日本でジャパニーズ・ドリームなのか?
ベトナム難民(特に外国籍を取得した人)は、政治的な理由からベトナムで自由がない。戻りたくても戻れない現実がある。

②ジャパニーズ・ドリームとは何か?また、講師本人のアイデンティティは?
ジャパニーズ・ドリームとは、日本で、いわゆるアメリカン・ドリームが達成されること。
日本に生活して33年になるが、ベトナム人からは外国人とみられ、日本人からも外国人とみられる。私自身は日本とベトナムの中間にあると思う。

③当時のベトナム難民の日本帰化はどの程度か?また、その障壁はなにか?
正確な数値は手元にないが、日本に帰化したベトナム難民は多くない。
帰化の障害は主に次の3つ。
・納税の証明が必要とされること
・日本語で帰化申請書類を作成する(のが難しい)こと
・帰化の条件が受付窓口で異なること(元の国籍が必要/不要等)

④講師が日本で難民となった理由(日本を選んだ理由)は?
兄の留学先だったため。
もし、選べるならば、アメリカを選ぶ。また、多くの難民がそう思っている。

~浦安市国際センターから~

今回の講演は、浦安市国際交流協会(UIFA)と浦安市国際センターの共催でした。
日本に帰化した方々が、日本で生活すること、さらに日本で成功すること(ジャパニーズ・ドリーム)について、森絵里咲さんご自身の経験から、お話いただきました。普段は当たり前の日常が日本で生活することになった難民の人達にはいかに大変であるのか改めて考えさせられました。
センターではこれからも浦安市の国際化を推進するためさまざまイベントやセミナーを行っていきます。今後もご支援よろしくお願いします。